不屈のトップランナー~松田次生、NISMOと駆け抜けた20年

Volume 5

新天地で刻んだ栄光

松田次生とロニー・クインタレッリはSUPER GT GT500クラスにおいて、NISMOから参戦した10年間(2014〜2023年)で12勝、TEAM IMPULで組んでいた2010年の成績も足せば通算11年で13勝。成績連動のハンディ制度があるSUPER GTで年間1勝以上の勝利ペースを長期にわたって刻み、コンビ卒業に至った。松田は2023年シーズン限りでNISMOを去り、近藤真彦が率いるKONDO RACINGへと移籍、新しい環境に身を置いて2024年のGT500を戦う。

GT500最多勝ドライバーである松田。その勝利数は2024年を迎える段階で24に達していた。松田が次に目標としたのは、ヨコハマタイヤと長く共闘するKONDO RACINGで自身の新たな勝ち星を得ることであった。

日産加入以降、松田はブリヂストンやミシュランのタイヤで勝利を積み重ねてきた。GT500日産陣営では自身にとって初めてのタイヤブランドということになるヨコハマとともに次の勝利を獲得する、その目標を実現するためにはタイヤ開発を成功させることはもちろん、苦闘が続いていたチームを盛り上げ、コンビを組む若手・名取鉄平の速さを引き出す必要もあった。その先にある節目の25勝目を目指し、松田は2024年のシーズンに臨む。

松田のKONDO RACING移籍初年度は成績的には厳しい展開に終始した。GT500ドライバーズランキング14位は、2006年に松田が日産陣営に加入して以降ワーストの順位であり、獲得総ポイントは8に留まる。

しかし、25勝目に必要な要素の蓄積は着実に遂行されていた。それが結実するのは翌2025年、スポーツランドSUGOでの第6戦であった。

予選で5位につけた#24 リアライズコーポレーションADVAN Zは、決勝前半を松田が担当し、着実にポジションを上げていく。名取がマシンを引き継いだ後半戦には長い赤旗中断があるなど難しいレースともなったが、最終周に名取がトップを奪う劇的な展開で勝利し、KONDO RACINGにとって9年ぶりのGT500優勝が現実のものとなった。

松田にとってはこれがSUGOでは初のGT500優勝だった。国内で継続的にSUPER GTが開催されている6つのサーキット(SUGO、もてぎ、富士、鈴鹿、岡山国際、オートポリス)のなかでは、このSUGOだけが未勝利地となっていたのだが、通算25勝目をもって“コンプリート”を果たすことにもなった。

そしてこの通算25勝という節目到達を経て、46歳の松田は2025年シーズン限りでGT500の現役生活にピリオドを打つ決意を固める。「25勝を達成し、まだやれるという気持ちがありつつも、目標を達成した時点で降りるのが僕らしいのではないかと思い、自分で決断しました。またSUGOでは、GT500で初優勝した若い後輩(名取)の姿を見た時に、次の世代にバトンを繋げられたような、嬉しいような寂しいような不思議な気持ちにもなりました。」

モビリティリゾートもてぎでの最終戦を前にGT500引退を発表し、多くのファンの惜別の声を受けながら最後のシーズンを全うして、松田はGT500のステアリングを置いた。

GT500通算最多の25勝、日産では20勝を記録して、GT500ドライバーから退いた松田は2026年シーズン、NISMOの新監督としてGT500に挑む。また新たなチャレンジに取り組む松田次生は、ドライバー時代と同じく日産とともにGT500での勝利を追い求めてゆく。

Photo Gallery:松田次生、20年の軌跡