不屈のトップランナー~松田次生、NISMOと駆け抜けた20年

Volume 2

近くて遠い、王座への道

2006年の日産陣営移籍を、自らの未来を大きく拓くことにつなげた松田次生。2008年に始まったSUPER GT GT500クラスにおけるTEAM IMPULでの戦いは2013年までの6シーズンにわたり続くことになるが、その2年目である2009年シーズン(パートナーは前年に続きセバスチャン・フィリップ)は表彰台が3位1回のみと苦戦。GT500ドライバーズランキング11位は松田にとって日産移籍後最も低い順位だった。

しかし翌2010年はマレーシアのセパン・サーキットで開催された第4戦で勝ち、最終のドライバーズランキングも2007年、2008年と同じトップ5に戻るなど、松田の存在感が再び強まっていく。

この2010年シーズン、松田の相棒はロニー・クインタレッリだった。翌2011年はクインタレッリがMOLAに移籍したため、この時の松田/クインタレッリのコンビは1シーズン限りとなるが、ここで彼らが最初の融合を果たしていたことが後年になって大きな意味をもつ。(それについてはVolume 3で)

2011年シーズンからTEAM IMPULのGT500ドライバーは松田/ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラの布陣になり、これが3シーズン継続される。ともにTEAM IMPULで国内トップフォーミュラ(当時のフォーミュラ・ニッポン=FN、現在のスーパーフォーミュラ)のチャンピオン経験を有する者同士のコンビは2011年、実質第2戦*となった岡山国際サーキットで早々にコンビ初優勝を成し遂げる。松田にとってはGT500での通算10勝目だ。

松田/オリベイラは2012年、2013年も各1勝を挙げ、2012年には松田にとって日産移籍以降最上位となるGT500ドライバーズランキング4位にもつけるが、タイトルへの道は近そうで遠かった。MOLAに移籍したクインタレッリが柳田真孝とのコンビで2011年、2012年と2年連続タイトル獲得を果たすなど、この頃はGT-Rが特に強かった時代。それだけに、星野一義の闘魂を象徴するカルソニックブルーのマシンを走らせる松田にとっては、歯痒いところもあっただろう。

しかし、松田は着実に進化を続けていた。そしてそれを、やはりまた、見ている人たちは見ていた。

もちろん星野には松田と一緒に戦い続けたい思いもあっただろうし、それは松田も同じだったはずだ。だが、巣立ちの時を迎えた松田を、星野はNISMOへと送り出すことになった。

2度目のNISMO入り。今度は期待の若手としての加入ではなく、経験を充分に積んだ主力中の主力として松田は招聘された。しかもそのパートナーは、GT500最強の存在ともなりつつあったクインタレッリである。

Volume 3:盤石の強さでGT500クラスを連覇