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“常に競争する”といういいムード 星野(一樹)は結果が求められている インタビュー 星野一義チームインパル監督
今年はドライバーだけではなくチームのスタッフも一部変わったのだけど、リカルド(ディビラ)がエンジニアとして来てくれるようになり、村田(卓児)がトラックエンジニアをするようになって、クルマが工場から出て行くときからセットアップまで、いい方向、いいムードになっている。 チーム全体が、常に挑戦するという姿勢は保っているし、勝ち負けにも強いこだわりを持っているので、全く心配していない。去年は予選はいいけど、ポイントが取れないということが多かったけれど、今年は確実にポイントを獲っているよね。レースというのは競争なんだから、常に競争していかないと!

ポイントを多く獲っているクルマは必然的に重いのだから、うちのクルマももっと重くなっていってほしいよね(!?)。ただ今年の“0.8%ルール”で25kgのウェイトを積まされるというのは納得しにくいね。仕方ないから自分を納得させている状態だよ。

開幕戦から星野(一樹)を起用して3戦を終了したけれど、まだまだブノワ(トレルイエ)の方が速いので、予選はすべてブノワにアタックしてもらっている状態。 コンスタントラップもGT300の追い越し時にまだばらつきが見られているけれど、これは経験を積ませないとしょうがない。 ただこっちは高校野球をやっているわけではなく、プロ集団なんだから、乗るたびに進歩をしていかないといけない状態だね。頭から「こいつはダメだ」とレッテルを貼ってはダメ。フォーミュラ・ニッポンを含めてガマンもしなければいけないと思う。でも、カテゴリーが違うと言っても、タイヤは4つで同じなんだから、どちらも乗りこなせないと。できれば3つか4つのカテゴリーを走った方がいいんだよ。そして何かの競技で極めるのが理想だね。今はその前の段階なんだから、いろいろなものに乗って敏速に対応できるようにならないといけないね。大事な1年なんだけど、まぁそれは本人が一番良く分かっていると思うよ。成長していかないとヤバイし、結果を求められているんだから。

あと、ありがたいことにニチラ(日本ラヂエーター)の時代からカルソニックのスポンサードを受けて今年で25周年ですし、カルソニックブルーのZがもっとサーキットで活躍できるようスタッフ一丸となって戦っていきたいね

星野一義
1947年7月1日静岡県出身。ニッサン最後のワークスドライバーとしてスカイラインGT-RやフェアレディZのステアリングを握った。70年代後半から80年代にかけては富士GCレースやF2で驚異的な強さを見せ、以後”日本一速い男”のニックネームで愛された。自らのレーシングチーム、ホシノレーシングを立ち上げ、カルソニックとともにグループAやグループCレース、JGTCなどに参戦。数多くの勝利を挙げ、92年に日本人として初めてデイトナ24時間レースを制した。2000年JGTC最終戦MINEで本山哲と共にスカイラインGT-Rをドライブして最後の優勝を飾る。02年のシーズン途中に腰を悪化させ8月28日に現役引退を発表。現在、総監督としてSUPER GTを戦っている。