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Vol.3 24時間を戦い抜いて

全国のNISMOパフォーマンスセンター(NPC)から選抜された3名のメカニックたちが、ニュルブルクリンク24時間レースに参戦するKONDO RACINGチームに加わり、過酷な24時間レースをサポートするNPCメカニックチャレンジ。日本車最上位となる総合9位フィニッシュを達成した本番レースを終えて、それぞれの店舗に戻った3名に、レース本番で強く印象に残ったことや、日頃の業務についての想いをあらためて聞きました。

辻 博美 日産プリンス札幌販売株式会社 NISMO Pステージ

我々の仕事はタイヤ管理でしたが、タイヤ管理とひと口に言っても、『こんなにいっぱいやることがあるんだ』というほど、温度管理や空気圧の管理以外にも様々なことを行いました。タイヤを使う順番は事前にチームの方で決めておくのですが、天候や路面の状況によってはそれも入れ替わったりするので、それに臨機応変に対応しなければなりません。本戦では天候が安定していたこともあっておおむね予定どおりいったので、その点では楽だったのですが、走っている最中のドライバーから空気圧の報告を受けて、エンジニアが次のセットの空気圧を決めていきます。ですから走っている間もあまり気は抜けなかったですね。

日産プリンス札幌販売株式会社 NISMO Pステージ 辻 博美
作業風景

タイヤテントとピットが少し離れていましたので、ピットインのタイミングで、声が掛けられたら可能な限り迅速に運ばなければなりません。人のごった返すパドックでタイヤを運ばなければならないのは大変でしたね。走行後はタイヤを組み替えてもらうため、その下準備をしてから、横浜ゴムのタイヤサービスに持って行く、ということを繰り返していました。NISSAN GT-R NISMO GT3の幅広いタイヤを4本積むと前が見えなくなってしまうので、1本をひとり手持ちで行くようにしたり、レース中にも細かく効率を高めていきました。ピットインはだいたい1時間10分ごとでしたが、実際にはスティント間のタイヤ準備があるので、ひと息つける時間はそれほど長くありません。事前に体力作りをして臨んだのですが、その成果は出せたと思います。レーシングタイヤとホイールのセットは1本あたり20kgほどなので、市販のGT-Rが装着するタイヤに比べたらずいぶん軽いです。筋肉痛にもなりませんでした(笑)。

反省点としては、タイヤウォーマーを使うことを事前に知らず、手先で細かい作業ができる薄手のグローブしか用意していなかった点ですね。これは失敗したなと思っています。走行後のタイヤも熱くなっていますが、タイヤウォーマーでは80度まで上げます。ほとんどストーブですから、あれだったら厚手のグローブがベストでしたね。

作業風景
作業風景

レース中はタイヤ準備の一環として、我々もチームの無線を装着していたのですが、レース終盤のやり取りで近藤真彦監督の“勝負師”としての一面を垣間見ることができました。一時は総合9番手を走っていて、普通であればひとつでも上の順位を狙いたくなると思うのですが、きっちり“完走”という目標を最優先に据え、安全に最後までクルマを走らせてゴールさせる、という判断を下せるのはやはりプロだなと思いました。マシンを最後のスティントに送り出す時は、『あとはもう無事にお願いします!』という気持ちでした。大きな失敗をすることもなく、チームの足を引っ張ることもなく、無事に終えられたので、フィニッシュした時はただひたすらホッとしましたね。『無事終わった……完走してよかった』という感じでした。

あらためて思うのは、ドライバーやクルマなど表に出る人は華々しく見えますが、裏方あってのレースだなということです。メカニックの人たちも、ひたすら基本に忠実で、自分の役割分担をきっちりこなす。そこにミスは許されないし、何かが抜けているのも許されない。ただ、ひたすら基本どおり忠実に、だけど最大限のスピードでそれを行う、というのを目の当たりにしてきました。ささいなことかもしれませんが、物が散乱していることがなく、整理整頓されている。常に同じところに同じ工具が置いてある。そうしないと、実際の作業効率がガタ落ちになります。そのあたりは普段の作業でも見習わなければと思いました。

若いサービスマンに今回の体験談を伝えて、クルマ自体がもっともっと楽しくなれば、腕を磨こうという意欲にもつながるはずだと思っています。ここは札幌市内で一番大きい工場なので、入社前の見学などで新しく入社する人たちを連れてくることがありますが、そういう人たちや若い社員、将来整備士を目指したいと思っている学生さんたちにも『こんなに面白いことがあるよ』と伝えていきたいですね。

辻 博美と日産プリンス札幌販売株式会社 NISMO Pステージ 店長 金山 英靖
日産プリンス札幌販売株式会社 NISMO Pステージの店舗写真

日産プリンス札幌販売株式会社 NISMO Pステージ
店長 金山 英靖

プロジェクトそのものが初年度ですが、最初からタイヤマネージメントの一端を担うなど、すごくいい経験をさせてもらったと思います。正直なところ、メカニックをひとり業務から外して海外に行かせるということについて、社内でも様々な意見がありました。どうフォローするのかなど問題もありましたが、大きなチャンスですし『まずは行かせてしまおう』というのが先でしたね。いま彼は出張中にたまった宿題を片づけているところですので、変化はこれから見えてくるのだと思いますが、話をしたところでは、感じ取ってきてほしいところは感じ取っていたように思いました。正確さとスピード、というふたつのことは本人も言っていましたし、ちゃんと見て学んできたんだなと感じました。彼の作業は正確で、お客様からも信頼を寄せていただいていますので、今度はスピードが身につけば言うことはないですね。

彼はもうベテランなので、本人の技術力の向上もさることながら、後進の育成も担っていってもらわないとなりません。若い人に今回の体験を広めることもそうですし、『頑張っているメカニックはもしかしたらニュルブルクリンクに行けるかもしれない』という夢が持てる場所があってもいいのかな、と思います。北海道は場所柄もあって、レースなどはちょっと遠い存在だと思っている部分もあるのですが、それでも『頑張っていればこういう話があるんだ』と、若い人にクルマに興味を持ってもらうきっかけづくりになればいいなと思っています。

佐々木 隆行 日産プリンス栃木販売株式会社 宇都宮店

実戦ではタイヤに関することを担当するのは分かっていたので、ケガしないように体力トレーニングはしましたが、装備品含め万全の準備を整えて本番に臨めたわけではありませんでした。タイヤの運搬など体力面ではあまりきついと思いませんでしたが、むしろ簡単な『アレ取って』『コレやって』と言われた時にレスポンス良く対応できないことの方がきつかったです。パーツクリーナーや清掃用品ひとつとっても普段自分が使っているものとはメーカーや色も形も違うので、すぐに認識できないんです。指示した方からすれば、そんな簡単なことをなぜミスするのか、なぜそんなに時間がかかるのかと思われたはずです。そういう歯がゆさがありましたし、レース界では誰もが知っているようなことを知らない。『分からないことがつらい』、今の仕事について新人で初めてお店に配属になった頃のことを思い出しましたね。

日産プリンス栃木販売株式会社 宇都宮店 佐々木 隆行
作業風景

初めてサーキットに到着した時は、言葉では言い表せないほどとてつもない大舞台に来ていることへの感動が大きかったですね。目の前で起こるすべてのことに対してです。クルマが好きになって、日産が好きになって、整備士になり、GT-Rの整備をやるようになって、聖地ニュルブルクリンクが自分の中でとても大きな存在になっていたので。サーキットのどこの場所でも──パドックでもピットの中でも、宿泊先に戻ってからもすべてが夢のような体験でした。

準備~予選~本番通してレース中印象に残ったことは、瞬間的に、素早く正確にというのがより強く求められる現場だな、ということですね。メリハリが段違いです。あとはピットが狭いということを話には聞いていましたが、実際に体験してみてなるほどこういうことか、と(笑)。確かに狭いですし、ましてや日本語はもちろん下手すると英語も通じない。でもレースという意味では同じことをやっているので、やっているうちにだんだんと他チームの方々とも少しずつ意思疎通できた気がします(笑)。最初は『大丈夫なのかな』と不安も大きかったですが、最後まで走り切れてかつ結果も良かったことで大きな達成感を得ることができました。終わった瞬間すぐには実感が湧きませんでしたが……。やはりチェッカーを受けるのを皆でピットウォールまで出迎えた時が、一番気持ちが盛り上がったかもしれません。

他の人が行きたくても行けなかったかもしれないところに、参加させて頂けましたこと、関係者の方々には感謝しきれません。本当にありがとうございました。非常に自信になりましたし、ひとつ大きく経験値が増えました。そして機械やクルマ(自分でこれだ、と決めたもの)に対する情熱を忘れてはならないとあらためて思いました。ついつい日々の業務に追われ、流されて行ってしまった結果、そういった熱が持てない状況になりかねない業界の状況に危機感を覚えました。ちょっと古いかもしれないですが、教えられるのを待つだけではなく、先輩のやっていることを見て学ぶ、というのはやはり大切だと思います。あまりポジティブな考えではないかもしれませんが、自分が何も分からない状態でいるのがイヤだというか、それはマズいという恐怖心が持てるから、少しでも見て覚えなきゃと意識して日々過ごしてきた結果今の自分があります。後輩たちには、分からないことに対する恐怖心を持つようにしよう、というのを伝えていきたいと思います。

作業風景
作業風景

また、ピットでは少しでもやり辛かったり、時間がかかったりすることは、そのままにせずとにかくすぐに改善するのが印象的でした。ちょっとでも気になったら、全員が教え合ったり、意見を出したり、どんどん改善していきます。なので、本当にちょっとしたことでも、常にチームが進化していくように見えました。もちろん今の職場でもこの動きはありますが、スピードと質が段違いです。これは非常に大切なことで、自分だけではなく皆が意識していかなくてはならないと思います。皆が常に改善を意識し、考えながら業務を遂行することで、私ひとりでは気づかないこともどんどん改善されていくと思います。

それから、研修現場にいる時は一般車の整備とレースの整備はまったく別世界だと思ったのですが、帰ってきて落ち着いて振り返ってみてひとつ気がついたことがあります。それは私たち販売店の整備も「一般道という周回規制もペース規制もないオープンコースで、十人十色なドライバー達(お客様)が春夏秋冬かつ数年、あるいは十年以上の時間を先進技術やエアコン・ナビ等の快適装備も駆使しながら走りきることを目標とした実はとても過酷な耐久レース」に参加しているのだ、ということです。そこで定期点検や車検というピットインで車両をメンテナンスし、消耗品の交換や不具合の修理(お客様の心理的なものまで含み)を素早く正確に行って、再び「カーライフ」というコースへ送り出しているのです。ですからどちらの世界もメカニックの重要性に変わりはなく、より高みを目指して頑張らなければいけないと感じていますし、後輩たちにも伝えていきたいです。
お客様からたくさん応援の声や反響も頂きました。こちらから特にお伝えしていなかったお客様からも、SNSなどで情報を探していただき声をかけていただくことが増えました。『ニュルに行ってきた人が担当してくれるのは、より安心だね』と言って頂けてうれしかったですし、此方も益々、ご期待にお応えしなくてはならないなと思いました。

佐々木 隆行と日産プリンス栃木販売株式会社 宇都宮店 工場長 兼 副店長 岩船 謙一
日産プリンス栃木販売株式会社 宇都宮店の店舗写真

日産プリンス栃木販売株式会社 宇都宮店
工場長 兼 副店長 岩船 謙一

佐々木はこれまでも、お客様が気づかなかった所に気づいたりと非常に几帳面なメカニックでしたが、目の前で実際のレースやメカニックを見たことで、より一層、いい意味での細かさが発揮されていると思います。もちろん、私どもとしても彼のいない1週間は忙しかったですが、ニュルブルクリンクに行くチャンスは極僅かなものですし、選ばれたメカニックも3人。ですから、月末は忙しいけれど行ってこい、と送り出しました。一部のお客様には、クルマをお預りする日程をずらして頂く等ご迷惑をお掛けしましたが、その分佐々木がサーキットやチームの中で見たこと、感じたことをお客様に伝えられるようになればと。整備だけではなく、行動としてお伝えできるようになることで、もっとお客様の気持ちを察して差し上げられるし、信頼も得られるようになるのではないかと期待しています。

私どもの扱うクルマはレーシングカーではありませんし、メカニックがピットクルーとして入ることもありません。それでも、メカニックの後輩指導において、お客様のクルマを扱ううえでの心構えや、普段の整備作業において気づいた時に直さなければならない部分などの取捨選択や判断をきちんとつけられる、もしくはアドバイスできるような、そういうメカニックになってほしいと思っています。

三宅 惇平 日産プリンス兵庫販売株式会社 明石店

富士スピードウェイでの研修を終えてから本番までの間に準備したことは、技術的なことよりもメンタルについてでした。準備と言っても、常に頭を働かせて様々なことに興味を持ち、集中力が途切れないようにしようということです。もちろん休めるタイミングでは目を閉じて、少しでも体を休めようとしていました。チームスタッフの皆さんもフリーな時間をうまく使って休憩していましたね。

日産プリンス兵庫販売株式会社 明石店 三宅 惇平
作業風景

レース現場では、タイヤの管理を担当しました。タイヤ用のテントからピットまでの運搬ですが、タイヤ管理の細かさを目の当たりにしました。担当のスタッフの方は、路面温度、気温、タイヤの表面温度、先々の天気、それらの情報をエンジニアと共有して、タイヤウォーマーの温度を上げたり下げたりしています。生ものを扱う感じです。タイヤそのものや周りの環境は常に変化しますし、ましてや急な天候の変化もあり得ますので、細かなチェックが絶対に必要なんだなと思いました。

そのほかでは、オンとオフの切り替えの差が大きいことに驚きました。特にチームと同じピットにいたドイツ人メカの方は、オフの時は楽しく音楽を流したり、『和気あいあいといこうぜ』という感じだったのですが、ひとたびクルマにトラブルが起きた時はすごい迫力でした。それでいて粛々と流れるような動きで、みんなが連携を取り合って、誰かの手が空いていることがない。それで気づいたらクルマも直っているんです。これには衝撃を受けました。これだけオンとオフでしっかりできる人たちがレースを支えているんだな、と感じましたね。

自分たちは、わずかなミスが大きな事故につながるという点に注意して作業しました。わずかなタイヤの内圧変化で、ちょっと間違ったらバーストするぞ、と怒られてしまったこともあります。実際にバーストしてレースが終わってしまったチームも見ましたし、クルマが何事もなく安全にフィニッシュした時には、良かったなと思いました。すぐはあまり実感が湧かなかったのですが、周りの皆さんと『終わったな』、『よかったな』と握手していた時にようやく達成感が込み上げてきて、鳥肌が立ちました。

作業風景
作業風景

メカニックとして実際の作業に携わったことで、レースではわずかな変化が大きな違いを生むんだな、という点を実感できました。たとえば足まわりやタイヤの温度についてです。弊社のイベントなどでは、実際にサーキットを走る方々のサポートを行ったりしますので、そういう面でもフィードバックできると考えています。また、レースメカニックと私たちでは普段の業務は違いますが“安全にクルマ乗るためにどうするか”という点では共通していると思っています。わずかな見落としがミスにつながるとか、点検の重要性などをお伝えできるかなと思っています。

24時間レースを終えて、一番大切なものはチームワークだと感じました。チームはひとりでは動けません。何人かが集まって、意思疎通をしながら情報を共有して、初めてチームになる。見ていても皆さん仲が良くて、整備中も楽しそうにしているんです。そういう雰囲気がチームを作り上げていくのかなと。ですから、店舗内のメカニック同士でもコミュニケーションをとるのはすごく大事なことなんだと思います。それに、お客様のなかには会社のSNSを見ていただいている方も多くいらっしゃって、反響がすごかったです。フォロワー数もどんどん上がっていきましたし。店舗に戻ってからは『良かったね』など多くの方に声をかけていただきました。本当に行けて良かった。一生の自分の宝物になると思います。

このプロジェクトは今年が初めての試みでしたが、すごくいい状態で終えることができたので、今後につながっていくと思います。ディーラーメカニックとして、こういった機会を得られることはすごく大きい。興味ある人はいっぱいいるはずですし、メカニックにとっても励みになる、あるいは目標になることなのではないかと。私も『レースの世界に行けるんだぜ』ということを周囲に伝えていきたい。こういう機会が持てるのは整備士にとって誇りに思えることだと思います。

三宅 惇平と日産プリンス兵庫販売株式会社 明石店 工場長 兼 副店長 ハイパフォーマンスセンター センター長 宮田 啓司
日産プリンス兵庫販売株式会社 明石店の店舗写真

日産プリンス兵庫販売株式会社 明石店
工場長 兼 副店長 ハイパフォーマンスセンター センター長 宮田 啓司

私が考えていたとおりの想いをもって帰ってきてくれたなと思いました。私もチームワークが一番大事だと思っています。今は人手不足で、どこの販売会社も従業員が足りない状態のなかでやっていかなくてはなりません。ひとりひとりの生産性もかなり高いものが求められてきています。ただし、ひとりで抱えても限界はありますから、あとは助け合いのチームワークなんです。そうやって店舗を運営していくしか、人材不足を乗り切る手段はありません。松田次生選手が『レースはチームワークだ』とずっと言っています。『自分ひとりでは勝てない』と。まさにそういった部分を感じてきてくれたので、これはすごい成長だなと思います。

店側としては、三宅を送り出した後、毎日のように朝礼で『三宅は人生で最大の経験をして帰ってくる。それをみんなでフォローしましょう』という話をしていました。残された者で力を合わせて頑張りましょう、と。ひとり減るのは正直厳しかったですが(笑)、スタッフみんなで一致団結することができました。レース終了後はお客様が喜んでくださっていたことも印象的でした。彼は彼で成長したし、店としても彼のいない2週間を全員で力を合わせて乗り切ったと思います。