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モータースポーツ

2016.05.23

オフシーズンの車両開発手順

チャンピオンを獲れたシーズンオフは、次のシーズンが始まるまでの5か月間は精神的にとても余裕がある。敗退したシーズンオフと比べるとまさに天と地の違いがある。しかしライバル会社もそうやすやすと連続してタイトルを渡すものかと開発やドライバーやチームの体制の再構築にいそしむので、ここで安心していると翌シーズンにしっぺ返しを食らう。だから、チャンピオンを獲ったオフシーズンの大きなテーマは、如何に危機感とモチベーションを保って他社を上回る努力をするかになる。

チャンピオンを獲るのに、まずはレーシングカーの速さが肝となるので、今回は通常のシーズンオフに行われる一般的なレース車の開発の手順について述べたい。

手順は以下のようになっている。

1.速さの目標値設定

シーズンを通してレース車は速くなっていき、最終戦あたりが最も速くなるように、走行を重ねるごとにタイヤや細部のチューニングによって速くなっていく。そこである典型的なサーキットを決めて、同じ技術規則のもとでの過去の数年間のそこのラップタイムの延び代のトレンド線を引き、それに次年度に変更される規則の影響を反映して目標ラップタイムを決める。

2.目標ラップタイムを上回る為に、性能向上を各設計要素への割り付け

現在はラップタイムシミュレーションが発達し、その精度も高いのでシミュレーションによって例えば全体で0.7秒の向上が必要なら、タイヤ、エンジン、シャシー(フレームやサスペンション)、ボディ(空力部品含む)、補機類(冷熱系、電装系、配管類)などの各要素が、その0.7秒の内の何秒ずつを向上させるかを割り付けて、各担当グループはいつまでにそれを達成するかを決定する。
(1) タイヤ
飛行機は空気に対する速さであるが、クルマは地面の上を走るから、速さとは対地面との相対速度である。クルマと地面をつなぐものはタイヤなので、速さを競うレーシングカーではタイヤがもっとも重要な役割を担っている。従ってサスペンションのジオメトリーや剛性、重心高、前後重量配分、空力などシャシーやボディの開発は如何にタイヤを上手に使うかを目的として行われているといっても過言ではない。具体的な開発はタイヤメーカーさんが行うので、前年度の振り返りやこれからの方向性など入念な議論をして頑張って貰うしかない。
(2) エンジン
軽量化と最高出力、有効使用回転域、燃費、アンチラグシステムを何パーセント改善、向上させるという目標値が設定され、同時に達成時期も決められ、各々の担当エンジニアが取り組む。今スーパーGTでは直噴ターボエンジンが用いられており、燃料流量が規則で制限されている。それ以前のエンジンはエアリストリクターで吸入空気量が制限されていたので、限られた空気量(実際は空気に含まれる酸素量)で如何に出力を出すかの競争であったが、今は限られた燃料流量で如何に出力を出すかの競争になっている。従って環境エンジンの開発競争といっても過言ではないし、開発手法も燃料が生み出すエネルギーの損失分を出来るだけ減らす考え方で取り組む必要がある。
またターボを装着しているのでアクセルオフからの立ち上がりを良くする為にアンチラグシステムの改善も重要である。
エンジン整備場
エンジンベンチ
(3) シャシー
モノコックやフレームの剛性、サスペンションのジオメトリー(アームやリンクの幾何学的な配置)及び剛性、重心高の低下などの目標数字が設定される。ジオメトリーはクルマが加減速やコーナリングで如何に姿勢を変化させても、また路面がうねっていても、いつもタイヤが適正に接地するように設計される。しかも剛性アップと軽量化を両立させてである。重心高を低下させるとコーナリング中の左右の荷重移動や、加減速時の前後の荷重移動が少なくなり4つのタイヤが有効に使える。その為に高い部位の軽量化が中心となるが、レース出場時の最低重量規定よりもクルマ全体が軽く出来れば、その差を床下にバラストを張り付けることが出来、さらに重心高の低下が図れるので、レーシングカーの軽量化にはきりはない。
(4) ボディも高い位置のルーフを中心に軽量化を図るが、何よりも空力が大事である。
空気の重さは1000リットル当たり1.2kgと想像以上に重い。しかもベトベトする粘性も持っている。だから高速道路で100キロで走っている時窓から手を出すと大きな風圧(ドラッグ)を感じる。そういうドラッグは速さの二乗で効いてくるから、レースカーのように300キロで走ると9倍の風圧になる。だからレースカーは強烈な風圧を受けて走っているわけである。そのドラッグを出来るだけ小さくする一方で、上手に利用できないかを考えるのが空気力学(空力)である。タイヤは押し付ける力が大きければ大きいほどグリップ力が増えるので、風圧の一部の方向を下向きにして即ちダウンフォースに変えて車体を押し付けることが出来ればタイヤのグリップ力が増えてコーナリングを速くすることができる。
割り付けられた空力性能のドラッグとダウンフォースの向上分を達成するために、ベルト付モデル風洞で開発を行う。流す空気の速度と床下のベルトの速度を同じにすることで、実際にサーキットを走っている状態が再現できる。実際の寸法の40%モデルを使うことが多いのは、部品の強度をあまり要しないので様々な空力部品が作りやすいし、コストもかからないからである。ニスモでは、風洞モデル製作のために専用のモデルルームを鶴見に設けている。
工作室
カーボンコンポジット
(5) 補機類
冷熱系は、冷えないとパワートレーン系全体の破損につながるし、冷やし過ぎは無駄な重量増を招いているので、春夏秋のシーズンを通して得た適正な冷却性能に相応しい仕様への見直しを行う。電装系は新システムの投入やそれに伴うバグの発生を抑える。配管類は重箱の隅をつつくような軽量化とメンテナンス時の作業性の向上を図る。

3.節目管理

各要素毎に目標値の達成に向けて、努力するわけであるが、ふたを開けてみたら未達の部位があったらお手上げであるので、いつまでに何をやり遂げておくか、ある日程を決めて進捗を管理する節目管理を行う。この節目管理では、各設計担当者が集まって、喧々諤々の会議が繰り広げられる。
またシミュレーションでは大丈夫なはずが、実際は思枠通りにならないケースもあるので、何回かの走行テストで効果を確認する。
この節目管理は走行テストと対になっており、未達の部位があったらそれを他のどこで補うか、走行テストで思う通りの結果が出なかったら、何で対策するか等を検討し、決定する。
そして、他社との相対的な速さを判断できる合同テストに臨むことになる。屋外の競技は自然の影響を受けるので、合同テストだけで判断は難しいが、ある程度の推測はつくので必要な追加策が必要なら手を打っていくことになる。

次回は、非常に重要な走行テストから開幕戦までの流れを説明したい

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