ニスモが設計した2003年JGTC仕様スカイラインGT−Rのシャシーは高い完成度を持っていた。その技術を日産の高性能スポーツカーであるフェアレディZに移植し、GTマシン化したのが昨年デビューした2004年型フェアレディZである。コーナリングスピードを武器とし、鮮やかなデビューウィンを飾った。そして、一時はライバル達に先行を許すものの、シーズン後半に形成を逆転してシリーズチャンピオンを手に入れたのは記憶に新しい。
2005年型フェアレディZは、2004年モデルの長所はそのままに、いくつもの改良を施し、さらに戦闘力アップを図ったマシンだ。
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文字通り目に見える改良は、ボディシェルである。前後のフェンダー形状の変更は、ドラッグを減らし最高速向上を狙ったものである。高いコーナリング性能によってコーナーではライバルマシンよりもアドバンテージを持っていた2004年モデルだが、例えばロングストレートのあるハイスピードコースでは、他車に迫られる場面もあった。2005年モデルの開発にあたってニスモのエンジニア達が掲げたテーマは、「ダウンフォースの絶対量をさらに積み上げつつ、その前後バランスを改善し、特にリアのグリップを安定させる。同時にドラッグを低減してストレートスピードを上げる」こと。それは、前述のフェンダー形状の改良の他、細かな部分の見直しを積み上げることによって達成している。
フロントのフェンダーアーチ後方下端のエキゾーストパイプ設置口には、複雑な造形のフィンを設け、フロント部からボディ下部に侵入したエアを効率的にサイド方向に抜き、その負圧でボディを地面に押し付けようとするグランドエフェクトを増強している。エキゾーストの排出流をそのエア抜きに利用する、という仕組みだ。ホディサイドのスカート部にも前後方向の溝を工夫し、下面と側面を流れる空気流を整流、制御する効果を高めた。また、リアエンド部のタイヤ後方の開口部を2004年モデルより拡大しているのも、タイヤによって巻き上がる空気を効果的に後方に排出するための改良である。もちろんエアロダイナミクスは、部分だけの効果に頼るのではなく、ボディ全体でバランスさせなければならない。フェンダーラインや各エッジ部分の形状も微妙に変更し、パッケージとしての空力特性向上に寄与させている。
GTカーは、エンジンの吸入口に金管楽器のような形状のエアリストリクター(空気流入量制限装置)の装着が義務づけられている。
これによって燃料と混合されてシリンダー内で燃焼する空気の量が制限され、エンジン出力をコントロールし、性能の均衡化が図られているのだ。エンジン排気量が増えれば、リストリクターの径は小さくしなければならないのである。この制限の中で、いかに効率的にパワーを上げるか、がエンジニア達のチャレンジ目標であり開発のキーであると言える。昨年のシリーズ第5戦のツインリンクもてぎ戦から、GT500 Zに搭載しているVQ30DETTは、それまでに比べ約10cc程度の排気量アップが図られた。ストローの内容積程度の増量だ。しかし、これこそがシリーズ後半の逆転劇を生んだ原動力の一つとなっている。もちろんパンチの効いた出力向上が実現した訳ではないのだが、わずかな排気量の変化によって燃焼の仕方が微妙に変わり、出力特性が変化したのである。
ターボチャージャーで加圧された空気の温度を下げるインタークーラーからの流れを整え、各気筒に安定した混合気を送るエアチャンバーなどの形状も変更され、最適化が図られている。
レーシングカーは速さを追求したマシンだが、同時にレースがスタートしフィニッシュラインを無事に超えるまで生き残るための「強さ」も求められるものだ。もちろん、万が一アクシデントが発生した場合は、ドライバーも保護されなければならない。速さを追求するためには、エンジン出力が制限される以上、ボディ・シャシーの軽量化も重要な要素だ。この相反する命題を可能にするのがレーシングエンジニアの手腕である。
バトルの末ライバルと接触し、機能部分を壊してしまっては好成績は望めない。高い運動性能を持たせれば、どうしても接触のリスクは増えてくる。このため、2005年モデルは、エンジンフードより前方のノーズ部分に格納された構造体、フロントストラクチャーの形状を見直した。ここにマウントするラジエターとインタークーラーを守るほか、万が一の衝突によってノーズに強い衝撃を受けた場合、これが緩衝帯となってキャビンに及ぶ衝撃を吸収するようになっている。量産車両の衝突実験を行う日産自動車の試験施設にレースカーを持ち込み、50km/hでの前突実験も行っている。
ドライバーが乗車するキャビン部には、太いパイプで構成されたロールケージが縦横に張り巡らされているが、2005年モデルではさらにドア側にカーボンコンポジットで成形された側突緩衝体が追加されている。
レーシングスピードでのアクシデントの場合では、ノーズ内のフロントストラクチャーがつぶれることで衝撃を緩和し、キャビンを含むスチールのモノコックはほとんど変形せず、ドライバーもシートベルトとHANS※で保護されている。Z GT500は、それほど強さとしなやかさを両立した究極のマシンなのである。
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※ | HANS=Head And Neck Support=F1でも03年から導入されたドライバー保護装置で首に巻いて使用する。主に正面からの衝突の際に頭部・頚部を保護しむち打ちなどからドライバーを守る。 |
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