
Vol.
2014.11.18
皆さん、こんにちは!そして大変お待たせいたしました・・・!
やっと6年ぶりにNISMOがSUPER GTチャンピオン奪還を果たすことができました!!これも皆さんがいつもNISMOをサポートしてくださるおかげです。心から感謝を申し上げます。
厳しい立場で挑むことになった最終戦・・・。SUPER GT第7戦タイではペナルティや接触もあり10位でフィニッシュし、TOM’Sの36号車に6ポイント差を許してしまう結果となりました。つまり、最終戦で優勝しても、36号車が2位に入ればNISMOのチャンピオンはなく、自力でチャンピオンを獲得することができないという、厳しい状況に陥ってしまったのです。
ブリラムからバンコクまでの帰りは、松田くん、ロニー、マイケルと一緒に帰ったのですが、とにかくみんな落ち込みが激しく・・・車中の雰囲気は真っ暗でした。24号車は勝てる速さがありながらもトラブルで時間をロスして優勝を逃し、23号車はチャンピオンに王手をかけるつもりで挑んだにもかかわらず、ライバルであるTOM’Sに完敗してしまいました。日本に帰ってきてからもなかなか気持ちに整理がつかない日々が続きましたが、またチャレンジャーになって必死にチャンピオンにしがみついていこうと気持ちを入れ替え、最終戦を迎えました。
そして、第8戦もてぎ・・・晴天に恵まれるも寒さが身にしみ、尚一層身が引き締まる思いでした。そして、ミシュランさんがそんな寒さの中で戦える高いポテンシャルを持つタイヤを開発し、NISMOに供給してくださったのです。GT-Rの持つ速さとそのタイヤがうまくマッチし、私たちは金曜日の走行から日曜日のレースでチェッカーを受けるまで、ほぼトップを譲らない走りをすることができたのです。
金曜日と土曜日の走行から一発もロングのタイムも、私たちが頭一つ抜き出ていることが分かっていました。とはいえ、ライバルのTOM’Sも速さがあったので、とにかく私たちはトップチェッカーを目指し、その上で、結果チャンピオンになれればベストだ、という気持ちでいました。
そして予選、Q1では46号車をドライブする柳田くんと同タイムでトップに立ち、Q2ではロニーが見事コースレコードを叩き出しポールポジションを獲得してくれました。それでもチームは安堵の空気の方が大きく、一つハードルを越えることができたけれども、もう一つ大きなハードルを越えなくてはいけない、という思いでした。
決勝もきれいな空が広がる晴天の中、私たちの赤い23号車は一番前のグリッドに堂々とそびえ立っているようでした。このままチェッカーを受けられますように・・・そう願わずにはいられませんでした。
ロニーが素晴らしいスタートを見せてくれた後は、徐々に後ろを引き離していきました。しかし、何かトラブルが一つでも起これば、私たちには優勝だけではなくチャンピオンもありません。全く気が抜けぬまま、モニターを見つめていました。
29周目にピットに入り、確実なピットワークでロニーから次生くんにバトンを渡した後も、次生くんは無理をしない大事な走りで周回数を重ねていきました。気が付くとシリーズポイント2位の37号車が2位までジャンプアップしていましたが、差は3ポイントだったため、NISMOはこのままトップを死守しきれれば、チャンピオン決定・・・!最終的には37号車に52秒というギャップを作り優勝することができたため、皆さんからは「NISMO圧勝」というイメージだったかもしれません。しかし、私たちは最後のチェッカーを受けるまで安心はできませんでした。なぜならば、このマシンの開発を行ってきたNISMOだからこそ、一番このマシンのトラブルに向き合ってきたのです。私たちの戦いはこの2014年だけではなく、2013年から2年に及んだと言っても過言ではありません。だからこそ、負けるわけにはいきませんでした。
そして250kmという短いレースでありながらも、とても長く感じた250kmを無事に走り終えチェッカーを受け、NISMOチャンピオン奪還の瞬間を迎えることができたときも、安堵の思いの方が大きかったです。また、それはシェイクダウンをしたあの日からは想像できない瞬間でした。次生くんはマシンから降りた後、このマシンの上に立つことはできないと思い、マシンを大事にいたわるように、「よくがんばったね」と撫でていたそうです。その話を聞いたとき、決して次生くんはドライバーとしては派手ではないけれども(笑)誰よりも車が大好きな彼らしくて、ちょっと感動してしまいました。おそらくメカニックもチャンピオンを獲った後なら大目に見てくれるとは思いますが、きっとメカニックがどんな思いで毎日メンテナンスをしているか次生くんはよく知っているし、このマシンにも心から感謝していたのだと思います。
また、ドライバー二人ともワークスチームのドライバーとして今年1年間大きな重圧を感じていましたし、レースが終わっても「これ夢じゃないよね?」と繰り返していました。確かに私も100%実感できないでいましたが、みんなが「おめでとう」と声をかけてくれたので、徐々に実感することができました。速さがありながらも実力通りの結果を残せず、本当は悔しいはずの他のチームのNISSANドライバーたちも、NISMOのチャンピオンをお祝いしてくれました。
本山さん、柳田くん、安田くん、JP、マイケル、佐々木くん、本当に1年ありがとうございました!みんなが決して納得いく1年ではなかったけれども、みんなが表彰台に立つ姿を見ることができた1年であって本当に良かったです。
そして、最後までスタンドを沸かしてくれた24号車と46号車の他車とのバトルが、この一戦の中での一番の盛り上がりだったような気がします!
そして今年はNISMO30周年、ミシュラン日本進出50周年という節目の年でした。2004年の20周年もチャンピオンを獲得していたし、新車投入のシーズンは勝つという、コンストラクターNISMOとしてのプライドもありました。そして、サーキットには来ないけれど陰で支えてくれているたくさんのスタッフ、長年サポートしてくださるスポンサーそしてファンの皆様にもチャンピオンを獲って恩返しをしなくてはいけませんでした。その恩返しができたことが、何よりもうれしいです。また、来週末に差し迫ったNISMO FESTIVALでも、チャンピオンNISMOとして皆さんの前に立てることは、とても誇らしいことです。
3号車は8位で苦しみながらもチェッカーを受け、シリーズポイント4位という形でシーズンを締めくくることとなりました。初めてSUPER GTに参戦したルーカスとベテランの一樹くんのコンビもとてもうまくいっていましたし、タイで一勝できたことはチームにとっても大きな功績となったと思います。
NISSAN/NISMOを応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました!そして今年もピット便りにお付き合いいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
また来週末NISMO FESTIVALでお会いできることを楽しみにしています!
本当に、本当に・・・ありがとうございました!!