2014年のバサースト12時間レースで悔しい敗退を喫したニスモアスリートグローバルチームは、満を持して今年のバサーストに乗り込んだ。ドライバーは、雪辱を誓う千代勝正、同じく2年目のウルフィことウォルフガング・ライプ、そしてフローリアン・ストラウスの3名だ。

出場マシンは、実績のある2014年スペックのNISSAN GT-R NISMO GT3である。タイヤはミシュランで、基本的には昨年の仕様と同一だが、ECUの制御などによってドライバビリティの向上が図られている。2月6日に行われた公式車検は、スムーズにクリアした。

GT-Rのライバルは、最新のベントレー・コンチネンタルをはじめ、ワークス級のアウディR8-LMSウルトラ、アストンマーチン、フェラーリ458イタリア、ポルシェGT3Rなど名だたる強豪ばかり。しかし、プラクティスが始まると、GT-Rのパフォーマンスは全く見劣りしないことがはっきりした。

昨年涙を飲んだターン10先の通称「スカイライン」を行く#35 GT-R。千代は、「去年のアクシデントは、避けようがあったと思う。昨年はヨーロッパで経験を積んだので、何が重要なのか認識している」と語る。また、ライプもストラウスも徐々に千代のラップタイムに近づいてきた。

こちらはパドックに設置されたオーストラリア日産のマーチャンダイジングブース。左側は、マッチボックスモデルカーを模した本物の「R32 GT-RグループA」マシンだ。23年前のバサースト1000kmレースで総合優勝したクルマである。圧倒的な強さから、「ゴジラ」と呼ばれていたと言う。

ニスモアスリートグローバルチームの田中利和代表は、ミーティングのたびに「マシンもチームもドライバーもこれまでに蓄えた力を発揮すれば、必ず結果はついてくる。そう信じて頑張ろう」とメンバーを鼓舞する。何としてもここで成果を出したい、という決意がみなぎっていた。

公式予選では、ライプとストラウスが予選仕様のセッティングとタイヤをチェックし終わったのち、千代が20分間のGT3車両だけの予選セッションに臨んだ。アタック一周目にこれまでのベストタイムを塗り替えた千代は、少し気追い込み、次の周回にリアを壁にヒットしてしまう。

ピットに戻ったマシンはリアパネルが損傷しており、メカニックたちは徹夜で修復作業に取り掛かることになった。痛恨のミスを犯した千代は、予選総合3位のため記者会見に呼ばれたが、笑顔を作ることができず、インタビュアーの質問にも上の空であった。気持ちの切り替えが必要だ。

朝5時少し前、メカニックたちの奮闘のおかげでGT-Rは無事に元どおりに修復完了。5時30分からのグリッドオープンに間に合わせることができた。ダメージがリアボディパネルに限られていたため、クラッシュの影響を残さずに決勝レースのスタートを迎えられそうだった。

スタートで第一ドライバーのライプがロケットスタートを決め、2位でホームストレッチに戻ってくると、彼はそのポジションを守って2スティントを走りきった。幸先良い滑り出しだった。スタート直後からアクシデントが多発し、その都度セーフティカー(SC)が導入されるが、#35 GT-Rは無傷だった。

その後、第二ドライバーのストラウスが2スティントを終える直前の114周目には、ついにGT-Rはトップに立ち、リーダーボードのてっぺんに「35」が表示されることになった。当然ながらストラウスはバサースト初挑戦だったが、その落ち着いた対応はベテランドライバーのようだった。

たびたび発生するマシン同士のコンタクトやコースアウトによるSC導入で、レースは荒れたが、アクシデント無縁のR35 GT-Rは淡々と周回を重ねて行く。しかし、同一ラップに6台がひしめくトップグループは、SCのたびに順位変動する。予断を許さない緊張が周囲を支配していた。

こういったレベルの高いコンペティションにおいては、ニスモの総合力が力を発揮する。周囲のライバル達の動向を見ながら、またSCラップの間を活用しながら、ブレーキローターなどの消耗品の交換も怠りない。トップグループから漏れることなく、#35 GT-Rは終盤へと向かっていった。

今年のバサースト12時間レースは、SC導入回数が20回を数え、過去最多となった。この間レースは徐行となるが、真夏の南半球にあるバサーストの外気は30度オーバー。SCラップはマシン各部を適度に冷やし、過度な消耗やトラブルの芽を未然に摘むために有効な時間でもある。

レースが残り1時間となり、最後のスティントに向けて千代が乗り込んでいく。この時点でGT-Rは総合3位だ。マシンには何の不安もない。チャンスを見つけて逆転できるか、それとも3位のままでチェッカーを受けるのか。ドライブする千代にニスモアスリートグローバルチームの運命は託された。

ところが、千代がコースインしたのち、ターン4で1台が壁に張り付くアクシデント発生。負傷の疑いがあるドライバーを救出するため、30分間にも及ぶ長いSCラップが続いた。千代の前には、何台かバックマーカーを挟んでおり、トップ2台のマシンとは12秒ほど差が開いていた。

固唾をのんでレースの行方を見守るチーム。いったんレースは再開し、千代は前方のバックマーカーを抜いて上位2台の直後へ。しかし、その時点でふたたびSC導入となる。もう残された時間はわずかだ。そして時計が5時45分を回った時、コントロールラインのグリーンライトが点灯した。

「ここだっ」と千代は猛ダッシュ。第一コーナーまでに2位のマシンを捉え、続いて登りストレートで首位のベントレーをかわしてトップに。そして、そのままグングンと後続を引き離していく。彼らも必死に追いすがるが、千代の気迫が勝る。5時50分、千代はついにトップチェッカーを受けた。

実況放送していたレースアナウンサーが連呼したため、「チヨ」コールはこの日最も多数聞かれた単語ではないだろうか。前日の記者会見では笑えなかった千代だが、優勝ポディウムでは満面の笑顔を見せた。前年の雪辱を果たし、前日のクラッシュをはねのけた千代を誰もが祝福した。

#35 Nissan GT-R NISMO GT チーム名:ニスモアスリートグローバルチーム
ドライバー:千代勝正、ウォルフガング・ライプ、フローリアン・ストラウス
総周回数:269周 総走行時間:12時間00分11.0280秒