人気ロックグループ、「エアロスミス」のボーカル、スティーブン・タイラーのアメリカ国歌独唱で場内のボルテージが最高潮に達したところでいよいよレースがスタート。レース序盤は予想以上に低い気温にタイヤの空気圧がなかなか規定値にまで上がらず、スピンする車が続出し、ポールシッターをはじめ多くの有力ドライバーが早々に姿を消す羽目になってしまう。その中には残念ながらグッドイヤーも含まれていた。
スタート直後のオープニングラップではなんとポールシッターのスコット・シャープがターン1でスピン。1周も走らずに姿を消してしまった。そのために出されたコーションからレースか再開した直後にも20歳の女性ドライバー、サラ・フィッシャーがターンの立ち上がりでスピン。インフィニティを駆るグッドイヤーを巻き込んでの大クラッシュを演じてしまう。フィッシャーは自力で車から出てくるものの、グッドイヤーは出てくることができず、レスキュー隊の手によって、スピードウェイ近くのメソジスト病院に搬送された。このクラッシュでグッドイヤーは背骨の一部に損傷を受けるが、意識はしっかりしており生命には危険の無い状態だ。
インディ500ではタイヤウォーマーの使用は禁止されている。それでどころか決勝日にウォームアップ走行さえ無い。はるか3日前にわずかな時間のウォームアップセッションがあるだけである。各ドライバーは木曜日にセットしたレースカーにその後は乗ることも無く、3周のペースラップの後にいきなり全開走行に突入する。前日に雨が降り予想以上に低くなった路面温度に戸惑う若手ドライバーが多かった。風変わりなシステムとはいえ、これがインディ500の伝統。みな同じ条件なのだ。
経験豊富で抜群のレース運びでいつも上位に浮上してくるチーバーは、38周を終えた時点で25位から11位にまで浮上していた。クラッシュに巻き込まれたチームメイトのグッドイヤーのけがを無線で気遣いながら、残り2台となってしまったインフィニティをビクトリーレーンに導くべく、チームともどもモチベーションをアップさせていた。
レース当日は高い確率の降水予報があり、朝から低く暗い雲にスピードウェイは覆われていた。夕方には雷雨も予想され、いつ雨粒が落ちてきてもおかしくない状態だ。ただ、あまりにも平均速度が高いインディではレインタイヤが存在しない。つまり、雨が降ればレースは中断になってしまう。コースがそのまま乾かなければ翌日持ち越し、ただし100周以上を消化していればレースは成立となる。ということは天候不順による100周打ち切りという事態も十分に考えられる状況だ。もう、迷うことなく前に出るしかない。もはや時間は無い。

9番手スタートのビュールはコンスタントにトップ10を走り、ピットストップごとにシャシーセットアップを施して、ベストハンドリングなレースカーを作り上げていき、100周を超えようとするところでは安定してトップ5を快走していた。その一方でチーバーが不運に見舞われる。電気系のトラブルで車が突然ストップ。この5月中に見舞われ続けていた電気系の問題に最後まで悩まされ続けたチーバーであった。
「残念で仕方が無い、はっきりとは原因がつかめていないが電気系のトラブルだ。車は申し分なくチームのみんなは毎晩遅くまで仕事をしてここまできただけに本当に残念だ。しかし、新型35Aエンジンはまだ実践投入されてからまだ3ヶ月しか経っていない。これからも、努力を重ねて開発してゆけばきっと成功すると確信している。グッドイヤーも不運な事故に巻き込まれてしまったが、彼はもっといいレースができたはずだ。やはりレースは何が起こるかわからない。今回我々は不運に見舞われたが、この努力は近いうちに必ず報われると思う。」とチーバーは悔しさを隠し切れなかった。
これで、インフィニティはビュールに最後の望みを託すことになる。そのビュールがついに2位まで上がってきた155周目。空からは路面を濡らすほどの雨が落ちてきてしまう。これでレッドフラッグが出されてレースがストップ。このまま降り続ければレース成立か?という状態だったが、雲は流れており、17分間の中断の後にレースが再開された。
ビュールは、ついにトップを行くブラジル人のエリオ・カストロネベスをキャッチし激しい攻防を展開する。彼は、ドラフト(スリップストリーム)を利用してなんどかパスを試みようとするが、執拗なブロックに阻まれて前に出ることができない。この2人の戦いにインディアナポリスは沸きあがった。
8周にわたる激しい戦いにピリオドを打ったのは、なんとビュールのスピンであった。ターンの出口で思わずハーフスピン。この結果3周遅れとなり、もはや勝機はなくってしまった。このために出されたコーションでさらにトップを行くカストロネベスに絶妙のピットストップタイミングを与え、さらに燃費的に有利な状況を与えてしまった。
レースはチームペンスキーの1−2フィニッシュ。エリオ・カストロネベスがインディ500初優勝をかざり、昨年のCARTチャンピオンのジル・ド・フェランがそれに続き、チームとしてはインディ500で最多となる11勝目を挙げることになった。3番手にはマイケル・アンドレッティがつけていたが、彼は燃費的に不利で、フィニッシュまで燃料を持たすことで精一杯だった。インフィニティにインディ500初勝利をもたらすかに見えたビュールであったが、最終的には4周遅れの15位フィニッシュとなっている。
「今回は優勝できるポテンシャルがある車をチームから授かったにもかかわらず、このような結果に終わってしまって悔しくてしょうがない。インフィニティパワーは申し分なく信頼性も抜群だった。問題は何一つ無かった。短い準備期間にもかかわらずここまでこれたのはチームとインフィニティスタッフのおかげだと痛感している。スピンをしてしまったが、ポジションキープは全く考えていなくて、とにかく前に出ることだけを考えていた。そういう意味では失敗したとか後悔は全く無い。優勝しか考えていなかったからね。前に出れたら引き離す自信はあった。インフィニティエンジンとこの車でインディ500に勝てると今日は確信した。」とビュールはレース結果にがっかりするよりも、今回痛感したインフィニティエンジンのパフォーマンスに満足している様子だった。
90歳を迎えたインディ500。今年は名門ペンスキーやアンドレッティの復活やNASCARからトニー・スチュワートなどが参戦し、顔ぶれがさらに華やかになったインディ500であったが、それはなおさらビクトリーレーンへ立つことをいっそう難しいものにすることを意味している。2003年からはトヨタも参戦し、ますますその競争レベルが上がって行くことは間違いない。並み居るライバルを抑えての勝利こそ、その重みは大きい。歴史に名を刻むことになるインディ500での勝利。栄光のビクトリーレーンに立つことができるのは33台中立った1台、ウィナーだけだ。2001年には86回目の開催を迎えるインディ500。そのインディアナポリス・モータースピードウェイのビクトリーレーンにはインフィニティパワーの姿があることだろう。