バ サースト12時 間レースの舞台となるマウントパノラマサーキットは、シドニーから約200kmの 丘陵地帯にある「公道サーキット」である。写真奥の稜線沿いの山道とそれに繋がる二本のストレートのほとんどが生活道路だ。パドックの裏には キャンプ場が見える。

全長6.2kmのコースの標高差は174m。最高地点のスルマンパークから見下ろすとパドックエリアが遥か下の方に見える。しかも、ここからはバックストレートの起点であるフォレストエルボーコーナーまでローラーコースターのように一気に高低差100m近くを駆け下りていく。

5日に全員が現地集合したニスモアスリートグローバルチームは、到着早々からNISSAN GT-R NISMO GT3のチェックと整備にとりかかる。横浜から船で運ばれた機材は、ボディパーツ、エンジン、スペアパーツ、ホイール、ピット備品、ツール類などだ。

日本からのメカニックやエンジニアのほか、ニッサン・アルティマでオーストラリアV8スーパーカーに出場するケリー・レーシングからの強力な助っ人3名を加え、総勢約20名の日本・オーストラリア・英国、ベルギーの混成チームができあがった。

ニスモアスリートグローバルチームのドライバーは、通称「ウルフィ」(左端)ことGTアカデミー卒業生のウルフガング・ライプ、日本代表の千代勝正、地元のV8ヒーローであるリック・ケリー(右から二人目)、そして英国のアレックス・パンコム(右端)の4名だ。

千代は、「来る前にシミュレーターで何十周もここのコースを走ってきました。今日自分の足で歩いてみましたが、当然ながらレイアウトはかなり正確に覚えています。しかし、アップダウンの上下Gはシミュレーターでは再現されないので、それが未知数ですね」

リック・ケリーは、若干31歳ながら、兄と共にケリー・レーシングの共同オーナーである。コマーシャルマネージャーとして、チームを取り巻くパートナーやスポンサーとの関係を担当する一方、スタードライバーとして心身の鍛錬にも余念がない。

7日金曜日は朝からプラクティスが行われた。この日、地の利があるリックがGT-Rの最速タイムを記録した。総合3番手タイムだ。しかし、セッションの度に赤旗が提示され、なかなか連続して周回することが難しい。これもバサーストの特徴だ。

インフィールドのキャンピングエリアには、この日から続々とキャンパーが集まりだした。多くは大都市シドニーからのレースファンだが、中にはメルボルンやブリスベンなど数百km離れた地域からの観戦者もいる。「グッダイ、どこら来たの?」と陽気に話しかけてくる。

この日も赤旗中断を何度か経ながら、GT-Rは4回あったプラクティスの全てを走行。他チームは、NISSAN GT-R NISMO GT3の走りがとても気になるようだ。22年前にこのバサースト1000kmレースを圧勝したグループA仕様のR32 GT-Rは、その強さから「ゴジラ」と呼ばれていた。

8日は公式予選が行われた。朝から気持ちを集中し、最初のセッションでアタックラップに臨んだリック。トラフィックの邪魔が入らない先頭ランナーとしてコースインし、渾身のアタックを見せ、「S字」をコンクリートウォールすれすれに駆け抜けていった。

オーストラリアでは各地に野生のカンガルーが多く生息しており、この地域も例外ではない。バリアで進入を防いでいるが、時にコースにジャンプインし、ドライバーや観客、オフィシャル達を驚かすこともままある。何かに接触して怪我をしてほしくないものだ。

赤旗で何度も中断された予選だったが、午後のセッションまでにリック以外の3名もクォリファイを済ませた。午後は気温が30度を上回り、路面温度も50度を越すほどとなったが、タイムアップするマシンがありGT-Rは予選5位となった。

決勝レース日の9日、まだあたりが暗い午前6時に出場車はコースイン。グリッドにはそれまでどこにこれほどの人がいたのか、と思わせるほど多数の関係者で埋め尽くされた。気温はまだ13〜15℃前後である。32号車GT-Rにはリックが乗っている。

トップバッターのリックは、続けて2スティントを走行。ストレートやファストコーナーでは果敢に先行車を攻め、山間部の危険区域では後方からの追い上げに気を配りながらもリスクを避けた走りで周回。千代に交代する前には3位に浮上していた。

2時間後には2度目のピットイン。1度目は給油のみでピットアウトしているため、ニスモ自慢のピットワークを披露するのは初めてのチャンス。「働き蜂のよう」、と地元ファンが言うように、迅速で無駄がないクルー達の動きはオーストラリアでも注目された。

しかし、それから僅か7周後。ニスモアスリートグローバルチームとGT-Rの快進撃は突然終わる。液体が撒かれた直後のターン10に進入してコントロールを失ったGT-Rは、グラベルに停車していたトラブル車に衝突。一瞬にして、動かぬ金属の固まりとなってしまう。

不可避のアクシデントだった。ドライバーの千代には、かすり傷ひとつない。しかし、22年ぶりのGT-Rの戦いは2時間30分で幕を降ろす。世界の強豪集うこの難関をいかに攻略すべきか。チームは、その難しさと貴さの両方を痛感することとなった。